静岡で三代続く胡蝶蘭農家の娘、鈴村翠です。
去年はあんなに咲いたのに、今年は花芽の気配がない。そんな鉢を前に、もう寿命かなと迷っていませんか。
咲かない年の原因は、夏の終わりから秋の過ごし方にあることが少なくありません。
この記事では、農園が秋にやっていることと、ご家庭で真似できる範囲を、9月末の今からでも間に合う順にお伝えします。

咲かない年の胡蝶蘭は、寿命ではなく「切り替え」が起きていないだけ

花芽は「涼しさ」を合図に作られる

胡蝶蘭は、暑いあいだは葉と根を育て、涼しくなると花の準備に切り替わる植物です。
生産者向けに栽培の解説を公開している森田洋蘭園によると、25℃以上の高温が長く続くと栄養生長が盛んになり、25℃以下の温度が長く続くと花芽分化が進みます。

夏に株を太らせて、秋に冷やして花を作らせる。
農園の一年は、この順番に沿って動いています。
花が咲かないのは枯れたからではなく、切り替えの合図がまだ届いていないだけ、ということが多いんです。

農園には、花を咲かせるための部屋がある

農園では、株の育ち具合に合わせて、温度の違う部屋を使い分けます。
森田洋蘭園が公開している温度管理の例を、表にまとめました。

部屋役割昼の温度夜の最低温度
苗室株を育てる27〜30℃23〜24℃
高温室花芽を抑える28〜33℃25〜26℃
開花室花芽を作らせる20〜25℃18〜19℃

開花室に株を移すのは、出荷したい時期の4〜5か月前だそうです。
高温室と開花室の夜の温度を比べると、差は6〜8℃ほどあります。
花を作らせる部屋と抑える部屋の違いは、昼の暑さより、夜の冷え方にはっきり出ています。

実家の設備はこの表どおりではありませんが、秋に夜の温度を下げていく考え方は同じです。
父は9月の終わりになると、夜の温室を見にいく回数がはっきり増えます。

家庭では9月末から11月が「開花室」の時期

ご家庭に開花室はありませんが、季節がその役目を果たしてくれます。
夏を戸外や明るい窓辺で過ごした鉢が涼しい夜を迎えるのが、9月末から11月ごろです。

黒臼洋蘭園が運営するらんやのコラムでは、最低気温18℃くらいの環境に20〜40日置かれると花芽が作られ始め、その2〜3か月後に開花すると説明されています。
ご家庭では、3〜5月に花茎が伸びて咲くことが多いそうです。

25℃前後という数字と、18℃という数字が並んで、迷う方もいると思います。
私は、25℃が花芽へ切り替わる境目で、18℃は農家が花芽を確実にそろえたいときの数字だと読んでいます。
ご家庭では、夜の空気がひんやりしてきたら合図が届き始める、くらいの感覚で十分です。

9月の終わりに、まずやること

肥料は9月で終わりにする

肥料の期間を、2つの情報源で見比べてみます。

NHK出版の趣味の園芸では、5月上旬に緩効性の化成肥料を置き、その後は9月下旬まで週に1回の液体肥料を与える育て方が紹介されています。
JAあいち知多のアグリスでは、4〜9月に規定の2倍に薄めた液肥を月に2回与える方法です。
頻度も濃さも違いますが、どちらも9月で終わっています。

夏の肥料は、葉と根を太らせるためのものです。
花に切り替わる秋は、その役目を終えたと私は考えています。
10月に入ったら液肥をやめる、と覚えておくと迷いません。

外に出していた鉢は、10月に室内へ

アグリスでは、6〜9月は風通しのよい戸外で60〜70%の遮光をし、10〜5月は室内でレースカーテン越しの光に当てるとされています。
最低気温は10℃以上を保つよう書かれています。
ベランダで夏越しをした鉢なら、9月いっぱいは夜の外気に当てて、10月に入ったら取り込むのが目安です。

ただ、らんやが花芽ができたあとの最低温度として挙げているのは15℃以上です。
夜の冷え込みが15℃に近づく地域では、取り込みを少し早めてください。

暖房を入れすぎて、25℃近い部屋にしない

冬は最低でも15〜18℃を保つと聞くと、暖房のきいた部屋の真ん中がいちばん安心に思えます。
趣味の園芸の育て方でも、冬は室内の暖かい場所で管理するとされています。
ただそれは花芽が動いたあとの話で、その前の秋に部屋が25℃近くまで上がる日が続くと、花芽への切り替えは遠のきます。

10月から11月の置き場所は、次のようにしておくと失敗が少なくなります。

  • 昼は、レースカーテン越しの明るい窓辺に置く
  • 夜は、暖房を切った部屋に置く。ただし最低15℃は割らない
  • 部屋が25℃近くまで上がる場所には置かない
  • 鉢の横に温度計を置いて、夜の最低温度を見ておく

涼しくしても咲かないときに、見直すこと

葉が少なく、ハリのない株は体力づくりから

らんやでは、花芽をつけるには元気な葉が最低でも3枚は必要と説明されています。
私の感覚では3枚だと心もとなくて、艶とハリのある葉が5枚あると、安心して秋を迎えられます。

葉が3〜4枚で元気がない株なら、今年の秋に咲かせようと頑張るより、来年に向けて株を太らせるほうが近道です。
そのためには、春から9月までの肥料と、明るい置き場所が要になります。

花が終わったあとの切り方

アグリスでは、ある程度花を楽しんだら早めに花茎を切り取り、基部の2〜3節を残すと再開花が期待できるとしています。
長く飾りすぎると株に負担がかかる、というのは農家も同じ考えです。
前回のQ&A記事でも触れたとおり、花が落ちてきたら株のほうに気持ちを切り替えてあげてください。

ミニ胡蝶蘭は、温度より株の充実

らんやでは、ミニ胡蝶蘭は温度条件というより、株が充実したときに花芽を作ると説明されています。
ミニの鉢は、涼しさを待つ前に、根と葉がしっかり育っているかを見てあげてください。

今年の秋に咲きそうか、自分でチェックする

ここまでの条件を、鉢の前で確かめられる形にまとめました。

  • 艶とハリのある葉が、5枚ほどある
  • 9月まで肥料を与えて、10月からやめている
  • 10月に入る頃には、室内の明るい窓辺に取り込んだ
  • 夜の最低温度が15℃を割らず、部屋が25℃近くまで上がる日も続いていない
  • 花が終わった花茎を、早めに切ってある

すべてに当てはまるのに花芽が出ないなら、あとは待つしかありません。
当てはまらない項目があれば、そこが今年の原因の候補です。
たとえば葉が足りないなら、今年の秋を焦るより、来年の夏を頑張るほうが確実です。
夜の温度だけがずれているなら、今日から置き場所を変えるだけで間に合うこともあります。

条件をそろえても、咲かない年はある

正直に言うと、条件をそろえても咲かない鉢はあります。
農園でも、その年は花芽が来ない株が何鉢か出ます。
そういう株は翌年に回して、夏の間に太らせることに集中します。

今年は咲かない年だと決めてしまうと、鉢との付き合いがぐっと楽になりますよ。

花芽が見えてから、開花までの流れ

花芽が出たら、動かさず、冷やしすぎない

らんやによると、花芽ができたあとも最低15℃以上を保つ必要があります。
花芽が見えたら置き場所をころころ変えず、夜も15℃を割らない場所に落ち着かせてあげてください。

9月から春までのカレンダー

ここまでの内容を、時期ごとに並べました。

時期株の様子やること
9月下旬夏の生長が終わる液肥を終える
10〜11月涼しい夜に当たる室内へ取り込む。暖房を入れすぎない
12〜2月ごろ花芽はあっても、伸びにくい時期置き場所を変えず、夜も15℃以上を保つ
3〜5月ごろ花茎が伸びて開花直射日光を避けた明るい窓辺に置く

らんやでは、温室のない一般家庭は11〜2月に18℃を保てないため、花茎が伸びにくいと説明されています。
ですから、冬のあいだ花芽が動かなくても、慌てなくて大丈夫です。
春になって暖かくなると、花茎が一気に伸び始める鉢もあります。
時期は株や地域によって前後します。

まとめ

胡蝶蘭が咲かない年には、たいてい夏の終わりから秋の過ごし方に理由があります。
9月で肥料を止めて、10月に室内へ取り込み、夜は暖房を入れすぎずに最低15℃を守る。
これだけで、鉢に届く「切り替えの合図」は変わってきます。

それでも咲かない年は、株を太らせる年です。
うちの温室でも毎年、咲かない鉢は何鉢か出ます。
翌年に回したその子が咲いてくれた朝は、格別にうれしいものです。
今日の夜、鉢の横に温度計をひとつ置いてみてください。